AI需要予測と在庫最適化の進め方|小売・製造のデータ要件と、自動化する範囲・人が握る判断
2026.10.08
発注する数量を決めているのが特定の担当者の経験だけ、という状態は小売でも製造でも珍しくありません。AIによる需要予測は、その経験を置き換える道具ではなく、判断の材料を毎日同じ手順で用意する仕組みです。
この記事では、小売(多店舗・ネット通販)と食品・消費財の製造業を想定して、次の3点を整理します。
- 需要予測で何を予測し、発注や生産計画のどこに効かせるのか
- 予測に必要なデータは何か、どのくらいの期間が必要か
- どこまでを自動で算出させ、どこを人が握るのか
数値と工程は、経済産業省が中小企業向けに公開しているAI導入ガイドブック 需要予測(小売り、卸業)|経済産業省(2021年3月発行)の記載を軸に、開発を担う立場から実務の判断点を補います。
AI需要予測とは?何を予測して何に使うのか#
AI需要予測とは、過去の販売実績と需要に影響する外部要因から、SKU(Stock Keeping Unit=在庫管理上の最小単位)×拠点×期間ごとの需要量を推計する仕組みです。予測そのものは成果物ではありません。成果が出るのは、推計した数量を発注量・生産計画・人員配置といった意思決定につないだときです。
同ガイドブックも、AIを活用して需要予測をしただけでは効果にはつながらず、予測を基に業務工程を変革することが必要だとして、販促計画の見直し・発注量の調整・事実や科学に基づいた発注の3つを変革例に挙げています。
だからこそ、先に決めるべきは精度の目標ではなく予測の設計です。同ガイドブックの企画工程チェックシートも、対象商品、予測対象期間(何日先から何日先まで)、予測単位(日単位・週単位・月単位)を先に決める形になっています。ここが曖昧なまま精度だけを追うと、月次予測が高い精度で出ても毎日の発注には使えない、という結果になります。発注の締め時刻と補充のリードタイムから逆算して、いつ・どの粒度の数字が必要かを先に固定してください。
小売と製造で何が違うのか?#
同じ「需要予測」でも、予測の単位と外したときの痛み方が違います。次の5つの観点で自社がどちら側に近いかを確かめてください。
| 観点 | 小売(店舗・ネット通販) | 製造(食品・消費財) |
|---|---|---|
| 予測の単位 | 店舗×SKU×日次 | 品目×週次・月次(生産ロット単位) |
| リードタイム | 短い(日〜数日)。次の便で修正できる | 長い(週〜月)。原材料の調達も縛られる |
| 需要を動かす要因 | 曜日・天候・販促・近隣の催事 | 取引先の発注計画・販促・賞味期限 |
| 外したときに痛い方 | 欠品による販売機会の損失 | 作り過ぎによる廃棄と在庫評価損 |
| 数量を決める人 | 店舗の発注担当・商品部 | 生産管理・需給調整 |
この違いは、どちらを先に手当てするかに直結します。リードタイムが短い小売ではまず日次の発注工数を下げることが成果になりやすく、一度の読み違えが廃棄まで残る製造では計画の精度と見直しの頻度が論点になります。
食品を扱うなら、廃棄は業界統計としても公表されている#
食品ロスとは|農林水産省によれば、令和6年度推計の食品ロス量は461万トンで、うち事業系が237万トン、家庭系が224万トンです。事業系の内訳は食品製造業110万トン、食品卸売業9万トン、食品小売業48万トン、外食産業70万トンとされています。
農林水産省は新技術を活用した食品ロス削減に効果的なビジネス|農林水産省で、ICTやAI等の新技術を活用した食品の需要予測を、食品ロスの発生防止につながる新たな民間ビジネスとして挙げ、今後の削減に向けた取組として期待されるとしています。食品ロスは業種単位で国の統計として公表されているため、在庫と廃棄の削減は社外への説明材料にもなります。
予測に必要なデータは何か?#
精度は、モデルの選び方よりも手元のデータが揃っているかで決まります。同ガイドブックの企画工程チェックシートは「社内で用意できるデータの把握」として次の項目を挙げています。
| データ | 何を入れるか | 確認すること |
|---|---|---|
| 販売実績 | 対象商品の個数と価格 | 日次まで分解できるか。返品・取消が分けられるか |
| 曜日・カレンダー | 平日、週末、休日 | 店舗ごとに営業日が違う場合に持てているか |
| 商品データ | 賞味期限など商品固有の属性 | 商品マスタが最新か。終売品が混ざっていないか |
| 気象 | 気温、天気 | 拠点の所在地と結びつくか。将来の予報が取れるか |
| 販促イベント | 割引、クーポン | 実施期間と対象商品が記録として残っているか |
| 拠点の地理的データ | 各拠点・販売店の立地 | 商圏の違いを区別する必要があるか |
このうち必須は販売実績と曜日・カレンダーの2つで、商品データ・気象・販促イベントは「あれば活用」として整理されています。最初から全部を揃える必要はありません。
期間の目安も示されています。同ガイドブックのデータ取得の表は、対象商品の売上について**2〜3年分(最低1年分)**と記載しています。対象商品の選定条件としても一定期間以上のデータ(2〜3年程度分が理想)を挙げ、モデル構築の注記では、有効な予測モデルを構築するのに目安として3年間の過去データが必要だとしています。
データを「集める」より「直す」ほうが時間がかかる#
工数を食うのは収集ではなく前処理です。同ガイドブックもデータの前処理として、エラー・ノイズ・欠損値の補完または削除と、行と列で表される構造化データとしての整理を挙げています。着手前に次の4点を確かめてください。
- 欠品していた日が、売上0として記録に残っていないか
- 店舗の改装・休業・臨時営業が営業日として区別できるか
- 商品の統合・リニューアルでSKUが切り替わった履歴が追えるか
- 在庫数が実地の数と合っているか
1つ目は特に見落とされます。欠品日の販売数は「需要がなかった」ではなく「売る在庫がなかった」という記録です。これをそのまま学習させると、モデルは需要を低く見積もり続けます。
在庫数が合っていない状態で予測を作っても、発注案の計算根拠が崩れます。実数合わせの進め方は棚卸システムの導入|実地棚卸の負担と在庫差異を減らす、店舗とネット通販で在庫を同期させる仕組みは店舗在庫とECの在庫一元管理|OMS・API連携の仕組みと選び方で扱っています。
在庫最適化・発注にどうつなげるか?#
予測値をそのまま発注数にはしません。予測値から発注案を作るのは自動、発注を確定するのは人という分け方が実務の原則です。発注案は、予測した需要量に現在の在庫量・安全在庫・最小発注数量・入荷予定を突き合わせて計算します。
この線引きには根拠があります。同ガイドブックは、需要予測AIによる100%の予測精度の達成は不可能であり、精度が必ずしも100%でないことを前提にAIをどう活用するかを人間が考えることが重要だと明記しています。発注工程についても、適正な発注量と頻度を自動で算出したうえで担当者が個数を確認して発注を行い、場合によっては発注業務を一部自動化する、という順序で書かれています。工程ごとに権限を決めてから開発に入ってください。
| 工程 | 誰が決めるか | なぜそう分けるのか |
|---|---|---|
| 需要量の予測 | 仕組みが自動で算出 | 全SKUに毎日同じ基準を当てられる |
| 発注案・生産計画案の作成 | 仕組みが自動で算出 | 在庫・安全在庫・最小発注数量との突き合わせは機械的な計算 |
| 発注・計画の確定 | 人が確認して確定 | 予測精度は100%にならない前提で使う |
| 例外SKUの扱い | 人が判断 | 新商品・終売品・大型販促は過去データに法則性がない |
| 予測の前提の変更 | 人が決定 | 使うデータや期間の入れ替えは業務設計の変更にあたる |
現場で実際に起きる失敗は「運用」で起きる#
同ガイドブックは「よくある失敗例」として3つを挙げています。いずれもモデルの性能ではなく運用の問題です。
- 予測モデルへ投入するデータの形式が変わったのに、モデルを調整していない
- 間違ったデータをモデルに投入した(10月のデータを使うべきところで9月のデータを使う)
- 予測結果を確認せずそのまま発注に使い、新たな販促キャンペーンを考慮していない発注量になって商品が品薄になった
3つ目は、人の確認を省くと何が起きるかをそのまま示しています。承認を挟む設計が必要なのは慎重さの問題ではなく、予測が構造的に知り得ない情報(これから打つ販促、取引先の都合、地域の催事)を人が持っているからです。
製造業で生産管理や基幹システムとつなぐ場合の全体像は製造業DXとシステム開発の進め方|生産管理・需要予測・基幹連携で整理しています。
精度はどう評価するのか?#
単独の精度ではなく、現在の発注担当者の実績(ベースライン)と比べて評価します。 「誤差率が何%なら合格」という普遍的な基準はありません。同じ誤差率でも、単価と廃棄コストが違えば業務上の意味が変わるためです。
同ガイドブックは、予測モデルの評価指標としてよく使われるものにRMSE(二乗平均平方根誤差)、MAE(平均絶対誤差)、MAPE(平均絶対誤差率)等を挙げています。そのうえで需要予測では、WMAPE(加重平均絶対パーセント誤差)と「予測値−実際値の分布」を見ることが多いとしています。全体の精度をWMAPEで見て、個別の予測値に大きなブレがないかを分布で確認する、という二段構えです。検証では、データを時系列順に学習用と検証用へ7対3で分割する方法が示されています。時系列を無視してランダムに分けると、未来のデータで過去を学習することになり検証の意味がなくなります。
業務側の指標も一緒に測る#
モデルの誤差だけでは業務が改善したか分かりません。同ガイドブックは効果測定の指標と算出方法を次のように示しています。
- 欠品率=(期間中の品切れ商品数)÷(期間中の全商品数)
- 在庫回転率=(期間中の売上原価)÷(期間中の在庫の売上原価総額)
- 廃棄損=廃棄による商品の売上ロス
- 在庫管理費用=倉庫賃料等の保管コスト、輸送コスト、在庫管理にかかる人件費
- 売上計画策定時間、発注時間
これらを導入前に測っておかないと、後から効果を説明できません。なお同ガイドブックは、定量的な効果が安定化するまでに一般的に半年から1年程度かかり、業種や対象製品によって異なるとしています。短期で判定しない前提で評価期間を設計してください。
導入はどう進めるのか?#
同ガイドブックの導入工程は、A企画(導入範囲の決定・導入費用の見積り)、Bモデル構築(データ取得・モデル構築と最適化)、C導入・運用(現場への設置、新たな業務工程の浸透、定期的な再学習・再構築、業務への活用)の3段階です。実務の順序に置き直すと5つの工程になります。
- 1ベースラインを測る — 発注時間、欠品率、廃棄損、在庫回転率を現在の数字で押さえる
- 2対象を絞る — 効果が見込めるか、予測が可能かの2軸でSKUを選ぶ
- 3データを用意する — 項目・粒度・期間を定義し、欠損とエラーを直す
- 4モデルを作り検証する — 学習用と検証用に分け、ベースラインと比べる
- 5発注・生産につなぐ — 手順書と研修で現場に乗せ、定期的に再学習する
工程2の軸も記載されています。同ガイドブックは「AI導入によって効果が見込めるか」(創出したい効果への影響が大きい、商品がもたらす影響が大きい、今後も販売を継続する見込みがある)と「AIによる予測が可能か」(需要に一定の法則性がある、売上データが一定期間以上ある)の2軸を挙げています。全SKUを同時に対象にしないことが、最初の一歩を軽くします。
費用は、ツールよりデータ整備と業務変更に乗る#
同ガイドブックは、自社データで店舗ごとの商品別・日次の販売予測を行う場合の年間費用を、データ保管費・モデルの学習と予測の費用・パソコンを合わせて年間15万円程度からと試算しています(2020年9月30日時点の代表的なGUIツールの料金体系を前提とした同書の試算で、比較的新しいパソコンを活用できる場合その分は0円としています)。
費用と期間がかかるのはツールの利用料ではなく、データの前処理、既存の発注・生産システムとの接続、承認を含む業務手順の作り直しです。見積もりを取るときは、モデル構築の費用だけでなくこの3つが範囲に入っているかを確認してください。
運用を始めてからが本番になる#
同ガイドブックは、将来の予測を継続するにはモデル構築後も継続した更新が必要だとして、定期的な再学習と説明変数の追加による精度改善を挙げ、使っていた気象サイトからデータが取れなくなった場合や社内のシステム移行で販促データが取れなくなった場合の対応も例示しています。
需要予測は作って終わる開発ではなく、データの供給が続く前提で運用する仕組みです。誰がいつ再学習するのか、データが途切れたとき誰が気づくのかを導入時に決めておいてください。
まとめ#
AI需要予測を発注や生産計画に入れるかどうかは、次の順で判断できます。
- 発注や計画で何が痛いのか(工数、欠品、廃棄)を今の数字で押さえられているか
- 対象SKUの販売実績が最低1年分(2〜3年分あれば望ましい)あり、需要に法則性があるか
- 販売実績・カレンダー・販促・気象などのデータが、日次まで分解できる形で残っているか
- 発注案の作成は自動、確定は人、という線引きを業務側が受け入れられるか
- 再学習とデータ供給の担当を決められるか
この5つが揃っていれば、対象を絞った小さな範囲から始められます。揃っていない場合は、先にデータ整備と在庫の実数合わせに投資したほうが結果的に早いことが多いです。
弊社(株式会社TryWith)の支援#
株式会社TryWithは、需要予測そのものだけでなく、予測を発注・生産の業務に接続するところまでを開発の範囲としてお引き受けしています。開発を担う立場から、次の工程をご一緒します。
- 手元のデータで予測が成り立つかの確認(項目・粒度・期間・欠損の棚卸し)
- 販売実績・在庫・販促・気象データの収集と前処理の仕組みづくり
- 発注案・生産計画案の算出と、承認を挟む業務フローの設計・実装
- 既存のPOS(販売時点情報管理)・在庫・基幹システムとの連携
- 再学習とデータ供給の運用設計
小売・店舗ビジネスと製造の業務システムを手がけてきた経験から、「どのSKUから始めるか」「どこを人の判断として残すか」という最初の線引きからご相談いただけます。サービスの詳細はAIソリューション開発をご覧ください。
自社のデータで需要予測が成り立つかを、30分のオンライン相談で棚卸しします。
よくある質問(FAQ)#
Q. 販売実績が1年分しかない商品でも需要予測はできますか?
A. できる場合があります。経済産業省のガイドブックは、対象商品の売上について2〜3年分を挙げつつ、最低1年分と記載しています。ただし1年分では季節の変動を1回しか観測できないため、まずはデータが揃っていて動きに法則性のあるSKUから始め、他の商品へは実績が蓄積してから広げるのが安全です。
Q. 表計算ソフトでの予測と何が違いますか?
A. 前年実績や移動平均をそのまま使う方法との違いは、曜日・気象・販促など複数の要因をまとめて扱えることと、全SKUに毎日同じ基準を自動で当てられることです。対象が数十SKUで担当者が十分に把握できているなら、表計算でも実務は回ります。
Q. 発注をすべて自動にしてよいですか?
A. 発注案の作成までを自動にし、確定は人が行う形を原則にしてください。同ガイドブックも、需要予測AIによる100%の予測精度の達成は不可能だとしています。これから打つ販促や取引先の都合は予測に入っていないため、確認を省くと販促を考慮しない発注量になります。
Q. 製造業の生産計画にも使えますか?
A. 使えますが、予測の単位が品目×週次・月次になり、原材料の調達リードタイムの制約が加わります。生産管理システムや基幹システムとの連携を含めた全体像は製造業DXとシステム開発の進め方|生産管理・需要予測・基幹連携で整理しています。
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