AIを導入したのに使われない|操作研修の前に見直したい業務の設計
2026.10.28
生成AIのアカウントを全社員に配り、操作研修も行った。それでも数か月たつと、使っているのは一部の社員だけで、業務の進め方は導入前と変わっていない。こうした状態の原因は、社員の意欲や操作スキルの不足だけではなく、AIを使う業務の手順が見直されていないことにある場合が少なくありません。
ここでいう「AIが使われない」とは、ツールやアカウントは用意されているのに、対象の業務でAIを使う手順が決まっておらず、作業の時間や進め方が導入前とほとんど変わっていない状態のことです。この記事では、導入済みのAIを業務に定着させるための見直しを、次の5つの手順で整理します。
- 1業務の変化を点検する — 利用率だけでなく、対象業務の手順や時間がどう変わったかを見る
- 2阻害要因を調べる — 二重入力・余分な画面・判断基準・担当者・入力ルールを点検する
- 3現場の作業を観察する — 実際の作業を横で見て、減らせる手順を見つける
- 4役割と担当を決める — 人とAIの役割と、更新・相談・例外対応の担当を決める
- 5小さく試して測る — 1つの業務と部署で試し、利用・品質・作業負担を測る
AIが使われない原因は、社員の操作スキルだけか?#
操作スキルだけではありません。多くの場合、AIを使う業務と手順が決まらないまま、ツールだけが配られていることが原因です。どの業務で、どの手順の代わりにAIを使い、その結果を次の工程でどう使うのかが決まっていなければ、使うかどうかは社員一人ひとりの判断に任され、使い慣れた人だけが使う状態になります。
総務省の「令和8年版 情報通信白書」によると、2025年度企業向け調査で、自社の何らかの業務で生成AIを利用していると回答した日本企業の割合は、活用方針の設問で「わからない」と答えた企業を除いて86.4%でした。また、生成AIの利用を禁止している企業を除いて、生成AIによる業務変革等に関する組織的な取組の状況を尋ねた設問では、「組織的な取組はない」が27.0%と約3割に上りました。米国・ドイツ・中国に比べて顕著に高く、中小企業で特に高い傾向が見られたと報告されています(出典:令和8年版 情報通信白書 第Ⅰ部 第2章 第1節 企業におけるAI利用の現状|総務省)。
同じ白書は、汎用的なAIツールを導入しても「一部の積極的な社員が活用するのみで、全社的な活用と効果創出に至らない可能性もある」と指摘し、ヒアリングを行った先進企業が、活用環境の整備で終わらせず、活用ユースケースの収集や社内展開、定期的なワークショップの開催といった活用促進策を実施していることを紹介しています。白書の指摘を踏まえると、ツールを入れることと業務で使われることの間には、別の取り組みが必要だと言えます。
定着しているかどうかは、何で点検するか?#
利用率ではなく、対象業務の手順と時間がどう変わったかで点検します。ログイン数やアカウントの利用率だけで見ると、判断を誤ります。利用率が高くても、AIの結果を誰も次の工程で使っていなければ、業務は何も変わっていません。逆に、利用者が少なくても、対象業務の担当者が全員、毎回使っていれば、定着していると言えます。
まず、AIを使うはずだった業務ごとに、次の4つの問いで点検します。そのまま点検表として使えます。
| 点検する観点 | 確認する問い |
|---|---|
| 対象業務 | AIを使う業務が、業務名と件数で特定されているか |
| 手順 | AIを使う前と後で、作業の手順が変わったか |
| 時間 | 1件あたりの作業時間が、確認の時間も含めて減ったか |
| 結果の行き先 | AIの結果が、次の工程でそのまま使われているか |
「対象業務」の問いに答えられない場合は、そもそも何に使うかが決まっていない状態です。生成AIで効果が出やすい業務の選び方は、生成AIの業務活用ガイド|用途・進め方・費用・定着のポイントで整理しています。
使われない業務には、どんな阻害要因があるか?#
二重入力・余分な画面・判断基準が不明・担当者がいない・入力ルールが不明の5つに分けて点検します。AIが使われない業務を見ていくと、多くの場合、AIを使うほうが手間が増える、または使ってよいかが分からないという事情が見つかります。現場の社員は、手間が増える道具を使わなくなるのが自然です。
次の図と表は、定着を妨げる要因を5つに分けて点検する阻害要因チェックシートです。
| 阻害要因 | 現場で起きていること | 見直す点 |
|---|---|---|
| 二重入力 | AIの結果を業務システムに打ち直している | 結果を渡す先と形式を決める |
| 余分な画面 | 別の画面を開き、文章を貼り付けている | いつもの画面から使えるようにする |
| 判断基準が不明 | 結果を使ってよいか、誰も決めていない | 確認の観点と合格の目安を書き出す |
| 担当者がいない | 資料の更新や質問の受け手がいない | 更新・相談・例外対応の担当を置く |
| 入力ルールが不明 | 何を入力してよいか分からず使わない | 入力してよい情報を例で示す |
- 二重入力 — AIが作った下書きや要約を、業務システムや帳票に手で打ち直していると、AIで短くなった時間が打ち直しで消えます。結果をどの画面・どのファイルに、どの形式で渡すかを決めます
- 余分な画面 — AIを使うたびに別のブラウザ画面を開き、資料をコピーして貼り付ける手順は、件数が多い業務ほど負担になります。いつも使っている画面からAIを呼び出せるかを検討します
- 判断基準が不明 — AIの結果を確認なしで使ってよいのか、どこまで確認すればよいのかが決まっていないと、慎重な人ほど使いにくくなります。確認の観点(価格・納期・契約条件・宛名や固有名詞など)と、そのまま使ってよい条件を書き出します
- 担当者がいない — AIに参照させる資料が古くなっても直す人がいない、使い方の質問を受ける人がいない状態では、使うほど不便になります
- 入力ルールが不明 — 顧客情報や社外秘の資料を入力してよいかが分からないと、社員は安全側に倒して使わなくなります。禁止事項の一覧だけでなく、入力してよい情報の例を示します
入力ルールの決め方は、社内で生成AIを安全に使う|リスクと利用ガイドラインの作り方で詳しく解説しています。
社員の意欲だけを原因にしない#
AIが使われない理由を「社員が新しいものを嫌がる」「ITが苦手な人が多い」と決めつけると、打ち手が研修や声かけだけになり、阻害要因はそのまま残ります。チェックシートで業務側の要因を先に調べ、それでも説明できない部分が残ったときに、研修の内容や伝え方を見直す順番にします。
現場の作業をどう観察し、減らせる手順を見つけるか?#
説明を聞くのではなく、実際の作業を横で見て、手順を1行ずつ書き出します。担当者に聞き取りをすると、普段の手順のうち当たり前になっている操作(画面の切り替え、コピーと貼り付け、確認待ち)が抜け落ちやすいからです。
観察は、次の順番で進めます。
- 1対象業務を1つ選ぶ — 件数が多く、手順がある程度決まっている業務を選ぶ
- 2実際の案件で作業を見る — 担当者が普段どおりに処理するところを、横で見せてもらう
- 3手順を1行ずつ書き出す — 画面の切り替え・貼り付け・打ち直し・確認待ちに印を付ける
- 4印の付いた手順を分ける — なくせるもの、仕組みで代われるもの、人が残すものに分ける
たとえば、問い合わせメールへの返信の場合#
取引先からの問い合わせメールに返信する業務に、生成AIを導入した会社を例に考えます(架空の例です)。導入直後は、担当者がメールとAIの画面を行き来して問い合わせ文を貼り付け、できた下書きを返信欄に写して、宛名と書式を手で直していました。下書きをそのまま使ってよいかは各自の判断に任され、人によって確認の深さが違いました。AIで答えられない質問は、誰に聞くかが決まっていないため、担当者が個人で抱えていました。AIで下書きは早くなっても、画面の行き来と手直しが増え、忙しい日ほどAIを使わずに返信するようになっていました。
観察で見つかった手順を見直すと、次のように変わります。
- 問い合わせ文をAIの画面に貼る → 問い合わせ管理の画面から下書きを作る — 貼り付けの手順をなくす
- AIの下書きを返信欄に写す → 下書きを返信の書式で受け取る — 宛名と定型文は仕組みで入れる
- 使ってよいかを各自で判断する → 確認の観点に沿って確認する — 価格・納期・契約条件は必ず人が見る
- 回答できない質問は個人で抱える → 回答できない質問は担当者に回す — 回答した内容は参照資料に加える
この例で手間が減ったのは、AIの性能が上がったからではなく、AIの前後の手順を業務の流れに合わせたからです。上の2つ(貼り付けと返信欄への転記)は、既存の画面やシステムとAIをつなぐ開発が必要になることがあります。下の2つ(確認と回答できない質問の扱い)は、ルールと担当を決めれば、開発なしでも始められます。
人とAIの役割、運用の担当はどう決めるか?#
AIに任せる作業と人が決める作業を手順ごとに分け、AIを使い続けるための担当者の名前まで決めます。役割が決まっていないと、AIの結果の扱いが人によって変わり、問題が起きたときに誰も直せません。
令和8年版 情報通信白書は、ヒアリングを行った先進企業の多くが、業務プロセスの再設計にあたって人間とAIの役割分担の設計を重視していると紹介しています。そのうえで、AI活用を前提とした業務の変革では、「どのタスクはAIを人間の思考や判断の補助として用い、どのタスクはAIに自律的に実行させるべきか」といった点を検討し、業務プロセス全体を設計していく必要があるとしています(出典:令和8年版 情報通信白書 第Ⅰ部 第2章 第1節 企業におけるAI利用の現状|総務省)。
AIに任せること、人が決めること#
導入したばかりの段階では、AIに任せるのは下書き・要約・分類・候補の提示までにとどめ、次のような判断は人が持つ形から始めるのが現実的です。
- 顧客や取引先への約束 — 価格・納期・契約条件に関わる回答
- 結果の確定 — 社外に出す文書、システムへの登録、承認
- 例外の判断 — 過去に例のない依頼、ルールに当てはまらないケース
AIにどこまで実行させるかは、業務の影響の大きさと、誤ったときに取り消せるかどうかで決めます。最初から自動で実行させる範囲を広く取るより、人が確認する形で始め、確認の記録を見ながら任せる範囲を広げるほうが、問題が起きたときに原因をたどりやすくなります。
運用の担当を、4つの役割で決める#
AIを使い続けるには、導入した後の運用を受け持つ人が必要です。次の4つの役割について、部署ごとに担当者の名前を決めておきます。
| 役割 | 受け持つこと | 担当の例 |
|---|---|---|
| 業務の責任者 | AIを使う範囲と、結果の基準を決める | 対象業務の部門責任者 |
| 資料の更新 | AIに参照させる資料やひな形を最新に保つ | 業務に詳しい担当者 |
| 相談の窓口 | 質問を受け、よい使い方を共有する | 部署ごとの推進役 |
| 例外への対応 | AIで扱えない依頼を引き継ぎ、処理する | 従来の担当者・上長 |
白書が紹介している活用ユースケースの収集や社内展開は、この「相談の窓口」が担うと整理できます。うまく使えた例を集めて部署内で共有すると、自分の業務での使い方が伝わりやすくなる場合があります。
見直した後は、何をどう測って広げるか?#
1つの業務と1つの部署に絞って見直しを試し、利用・品質・作業負担の3つを、導入前と同じ数え方で測ります。全社に一度に広げると、うまくいかなかったときに、どの要因が効いていないのかを切り分けられません。
令和8年版 情報通信白書は、生成AIのリスク対策の取組状況について、日本では「全社的な指針やガイドラインを整備している」が41.1%と最も高かった一方、他の3か国では「製品・サービス導入後、定期的な評価・検証が行われている」などと回答した割合が日本に比べて高い傾向が見られたと報告しています(出典:令和8年版 情報通信白書 第Ⅰ部 第2章 第1節 企業におけるAI利用の現状|総務省)。リスク対策としての設問ですが、導入した後に評価と見直しを続けるという考え方は、定着の取り組みにも当てはまります。
測る項目は、次の3つです。
| 観点 | 測るもの | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 利用 | 対象業務の件数のうち、AIを使った件数 | アカウントの利用者数ではなく、業務の件数で数える |
| 品質 | 人が直した件数と理由、差し戻しや誤りの件数 | 直した理由を分類しないと、次の手が打てない |
| 作業負担 | 1件あたりの作業時間と、確認にかかる時間 | AIの結果の確認や手直しの時間も含める |
試す期間は、対象業務の件数が、前後の比較に足りるだけ集まる長さで区切ります。期間が終わったら、結果を見て「対象を広げる」「手順を直して続ける」「この業務ではAIを使わない」のどれかを決めます。「この業務ではAIを使わない」と判断することも、見直しの結果の1つです。生成AIを試行から本番運用へ進める全体の流れは、生成AI導入の進め方|PoCで終わらせず本番運用に乗せる4ステップで解説しています。
見直しに向かない業務と、よくある落とし穴は何か?#
すべての業務で、AIを使い続けることが正解とは限りません。次のような業務では、AIを使わない判断も含めて検討します。
- 件数が少ない業務 — 月に数件しか発生せず、手順を見直す手間のほうが大きい
- 毎回の進め方がまったく違う業務 — 決まった手順がなく、どこにAIを入れるかを決められない
- 確認に作業以上の時間がかかる業務 — AIの結果の確認と手直しに、自分で作る以上の時間がかかる
見直しを進めるときに、よくある落とし穴は次の4つです。
- 操作研修の回数だけを増やす — 業務の手順が変わらないまま研修を重ねても、使う場面は増えない
- 利用率を目標にする — 使うこと自体が目的になり、業務が変わったかどうかが測られなくなる
- 全社に一斉に広げる — 部署ごとの業務の違いを無視すると、阻害要因が部署ごとに残る
- 導入した後の担当を決めない — 資料が古くなり、質問の受け手もいないまま、少しずつ使われなくなる
まとめ#
AIを導入したのに使われない状態を変えるには、操作研修を増やす前に、AIを使う業務の手順を見直すことから始めるのが現実的です。
- 定着の度合いは、利用率ではなく「対象業務の手順と時間がどう変わったか」で点検する
- 二重入力・余分な画面・判断基準が不明・担当者がいない・入力ルールが不明の5つの阻害要因を、チェックシートで調べる
- 説明を聞くのではなく実際の作業を横で見て、なくせる手順、仕組みで代われる手順、人が残す手順に分ける
- AIに任せる作業と人が決める作業を手順ごとに分け、業務の責任者・資料の更新・相談の窓口・例外への対応の担当を決める
- 1つの業務と部署で試し、利用・品質・作業負担を導入前と同じ数え方で測って、広げるか、直すか、使わないかを決める
まずは、AIを使うはずだった業務を1つ選び、点検表の4つの問いに答えるところから始めてください。答えられない問いが、見直す場所を示しています。
よくある質問(FAQ)#
Q. AIの利用率が低いのは、研修が足りないからですか?
A. 研修が足りない場合もありますが、業務の手順が変わっていないことが原因の場合も多くあります。二重入力や余分な画面など、AIを使うほうが手間が増える要因がないかを先に調べ、そのうえで研修の内容を決めると効果が出やすくなります。
Q. 定着しているかどうかは、何で判断すればよいですか?
A. アカウントの利用率ではなく、対象業務の件数のうちAIを使った件数、人が直した件数と理由、1件あたりの作業時間で判断します。導入前と同じ数え方で比べることが大切です。
Q. 既存の業務システムを入れ替えないと、AIを業務に組み込めませんか?
A. 既存システムの状況によりますが、入れ替えなくても組み込めることが多いです。既存の画面からAIを呼び出す、AIの結果を既存システムの形式で渡すといった連携で、二重入力や余分な画面の手間を減らせます。どこまで連携するかは、業務の件数と手間の大きさで決めます。
Q. 見直してもAIが使われない業務は、どうすればよいですか?
A. 件数が少ない、毎回の進め方が違う、確認に作業以上の時間がかかるといった業務では、AIを使わないと決めることも選択肢です。使わない業務を決めることで、効果の出る業務に担当者の時間を回せます。
AIの定着と業務の見直しをご相談ください#
弊社(株式会社TryWith)は、AIソリューション開発とシステム受託開発を通じて、導入済みのAIを既存の業務システムや画面とつなぎ、日々の業務で使われる形にする支援を行っています。いま使っているAIツールと、対象業務の進め方をうかがい、阻害要因の点検、手順の見直し、既存システムとの連携の範囲、運用の担当の決め方までを、開発を担う立場から整理してご提案します。どの業務から見直すかを決めたい、という段階からのご相談も承ります。
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