社内で生成AIを安全に使う|リスクと利用ガイドラインの作り方
2026.08.27
生成AIを業務で使いたいが、情報漏洩や著作権などのリスクが心配で、全社に広げる踏ん切りがつかない——という声を、経営者や情シスの方からよくいただきます。
結論から言えば、鍵は「禁止する」ことではありません。使わせないままにすると、現場が個人の判断でこっそり使う「隠れAI利用」が増え、かえってリスクが高まります。総務省の令和8年版情報通信白書(2026年7月公表)によれば、生成AIを一つ以上の業務で利用している日本企業の割合はすでに86.4%(2024年度調査では55.2%)に達しています。使うかどうかではなく、どう安全に使わせるかを決める段階に来ている、というのが実情です。
本記事では、生成AIの主なリスク、利用ガイドラインに盛り込む項目(そのまま使える雛形つき)、入力してよい情報の判断基準、そして組織として安全に運用する進め方までを、社内でルールを作る担当者がそのまま使える形で整理します。
生成AIを安全に使うとは?(結論と全体像)#
生成AIを安全に使うとは、情報漏洩などのリスクを避けながら業務で活用できる状態を、仕組みで担保することです。
安全な活用を支える3つの土台#
具体的には、次の3つを組み合わせます。
- ルール(利用ガイドライン):何に使ってよく、どんな情報を入力してはいけないかを明文化する
- 環境(安全なツール選定):入力を学習に使わない法人向けサービスを選び、アクセスやログを管理する
- 教育(従業員の理解):なぜ危ないのか、どう使えば安全かを周知し、相談窓口を用意する
このどれか1つでは不十分です。ルールだけあってもツールが危なければ漏れますし、環境を整えても使い方を知らなければ事故は起きます。3点をそろえて初めて、安心して全社に広げられます。
生成AIの主なリスクは?#
主なリスクは、情報漏洩・著作権や権利の侵害・誤情報(ハルシネーション)・セキュリティの4つです。
押さえるべき4つのリスク#
- 情報漏洩:入力した機密情報や個人情報が、サービス側で学習に使われたり外部に出たりする恐れ。無料の一般向けサービスでは特に注意が必要です。
- 著作権・権利の侵害:生成物が既存の著作物に似る、他社の権利を侵すといった懸念。学習データや出力の扱いを確認する必要があります。
- 誤情報(ハルシネーション):生成AIはもっともらしい誤りを出すことがあります。事実確認をせずに使うと、誤った内容で判断・発信してしまいます。
- セキュリティ:プロンプトインジェクション(悪意ある指示の混入)やアカウント乗っ取りなど、AIならではの攻撃も生まれています。
個人情報の取り扱いで参照すべき指針#
個人情報の取り扱いについては、個人情報保護委員会が生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(2023年6月2日公表)を出しています。この注意喚起は「個人情報取扱事業者における注意点」「行政機関等における注意点」「一般の利用者における留意点」の3つに分けて書かれており、事業者に対しては、プロンプトに入力する個人情報を利用目的の達成に必要な範囲内にとどめること、および入力したデータが応答結果の出力以外の目的(機械学習など)に使われないことを確認することを求めています。まずは前述の4つのリスク(情報漏洩・著作権や権利の侵害・誤情報・セキュリティ)の区分でリスクを共有し、対策を対応づけると議論が進めやすくなります。
一般向けと法人向け、どちらを使う?#
機密情報を扱う業務では、法人向け(企業向け)サービスを前提にします。
一般向けと法人向けの違い#
一般向けの無料サービスは手軽ですが、入力が学習に使われる可能性や管理のしにくさがあり、業務の機密利用には向きません。違いを次の軸で整理します。
| 観点 | 一般向けサービス | 法人向けサービス |
|---|---|---|
| 入力の学習利用 | 学習に使われる場合がある | 学習に使わない設定が可能 |
| 管理・権限 | 個人任せになりがち | 一元管理・権限設定ができる |
| ログ・監査 | 取得しにくい | 取得・監査しやすい |
| 機密情報の業務利用 | 非推奨 | 条件付きで可 |
「どのツールを許可するか」をルールで決め、機密を扱う業務は学習に使われない法人向けに寄せる——これが安全確保の出発点です。
利用ガイドラインには何を盛り込む?#
利用ガイドラインは、「使ってよい範囲」と「守るべきこと」を、現場が迷わない粒度で書きます。
ガイドラインに盛り込む必須項目#
最低限、次の項目を押さえます。
- 目的と適用範囲:なぜ作るか、誰が対象か
- 対象ツール:会社が許可するサービス(法人向け・学習に使われない設定のもの)
- 入力してよい情報・いけない情報:機密・個人情報・未公開情報の扱い
- 出力の扱い:事実確認、著作権チェック、最終責任は人が持つ
- 承認・確認フロー:重要な用途(外部公開する成果物・顧客提出物・コード生成・契約や法務に関わる文書など)は、誰が承認するか
- 禁止事項:無許可ツールの業務利用、機密情報の入力 など
- 相談窓口・違反時の対応:困ったときの連絡先、事故時の報告手順
そのまま使える利用ガイドラインの雛形#
次の文面は、社内文書のたたき台としてそのままお使いいただけます。〈 〉の部分だけを自社の内容に置き換えてください。
第1条(目的)
本ガイドラインは、〈会社名〉における生成AIの利用にあたり、情報漏洩および権利侵害を防ぎながら、業務の生産性を高めることを目的とする。
第2条(適用範囲)
本ガイドラインは、〈役職員、派遣社員および業務委託先を含む全従事者〉が業務で生成AIを利用するすべての場面に適用する。
第3条(利用してよいツールと設定)
業務で利用できる生成AIは、会社が指定した〈許可ツール名〉に限る。利用にあたっては、入力内容が提供事業者の学習に使われない設定であることを確認する。指定外のツールを業務に用いる場合は、事前に〈管理部門名〉の承認を得る。
第4条(入力してよい情報・禁止する情報)
社外にすでに公開されている情報は入力してよい。顧客情報、個人情報、未公開の財務・人事情報、および取引先との守秘義務の対象となる情報は、入力してはならない。やむを得ずこれらを扱う場合は、会社が許可した閉じた環境に限り、固有名詞・数値をマスキングしたうえで利用する。
第5条(出力の取り扱い)
生成物は、必ず利用者本人が事実関係を確認したうえで用いる。社外に出す成果物については、既存の著作物との類似がないかを併せて確認する。生成物の内容についての最終的な責任は、利用した従業員および所属長が負う。
第6条(承認を要する場合)
外部に公開する成果物、顧客への提出物、製品に組み込むソースコード、契約・法務に関わる文書の作成に生成AIを用いる場合は、〈承認者の役職名〉の承認を得る。
第7条(禁止事項)
無許可ツールの業務利用、第4条に定める禁止情報の入力、生成物を確認せずそのまま外部へ提出すること、および生成AIを用いた事実を意図的に秘匿することを禁止する。
第8条(教育・周知)
〈管理部門名〉は、対象者に対して年〈回数〉回以上、リスクと安全な使い方に関する周知を行う。
第9条(利用記録の管理)
〈管理部門名〉は、許可ツールの利用アカウントと利用状況を管理し、必要に応じて記録を確認できる状態を維持する。
第10条(違反・インシデント時の対応)
本ガイドラインへの違反、または情報漏洩のおそれを認識した場合は、直ちに〈相談窓口〉へ報告する。報告した者が、報告したことを理由に不利益な取り扱いを受けることはない。
第11条(管理責任者と見直し)
本ガイドラインの管理責任者は〈役職名〉とし、〈半年〉に一度、内容の妥当性を見直す。改定の履歴は本書の末尾に記録する。
最初から完璧を目指す必要はありません。第3条・第4条・第10条(許可ツール、入力可否、相談窓口)の3つだけ先に決めて配り、残りは運用しながら埋めていくやり方でも十分に機能します。
どの情報なら入力してよい?(判断の基準)#
迷ったときは、「その情報が外に出ても問題ないか」で判断します。次の基準を1枚にして配ると、現場の迷いと事故が大きく減ります。
入力可否を判断する3つの区分#
- 機密情報・個人情報・未公開情報:原則として、一般向け生成AIには入力しません。使う場合は、会社が許可した閉じた環境(学習に使われない法人契約)に限ります。
- 社外に公開してよい情報:入力して問題ありません。
- 判断に迷う情報:入力前に、固有名詞や数値をマスキング(伏せ字化)するか、上長・相談窓口に確認します。
たとえば、顧客名や契約金額を含む問い合わせ文をそのまま貼り付けるのは避け、「A社/金額は伏せる」形に置き換えてから使う、といった運用にします。
組織としてどう進める?(ガバナンスの手順)#
組織として安全に使うには、ルールを作って終わりにせず、選定・教育・運用まで一連で進めます。国の指針である総務省・経済産業省のAI事業者ガイドライン(第1.2版)(2026年3月31日公表)は、AIに関わる主体を「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」に区分し、各主体に共通の指針として「人間中心」「安全性」「公平性」「プライバシー保護」「セキュリティ確保」「透明性」「アカウンタビリティ」などを掲げています。そのうえで、事業活動でAIを利用する事業者(AI利用者)については、提供者が想定した範囲内で利用すること、出力の精度とリスクの程度を理解したうえで利用することなどが求められています。
ガバナンスを回す5つのステップ#
次の順で進めると現実的です。
- 1現状把握:誰が何にAIを使っているか(無許可利用の有無)を把握する
- 2ガイドライン策定:本記事の雛形をもとに自社版を作る
- 3ツール選定:入力を学習に使わない法人向けサービスを選び、アクセス・ログを管理する
- 4教育・周知:リスクと使い方を伝え、相談窓口を設ける
- 5運用・見直し:利用状況を見て、範囲やルールを定期的に更新する
導入前チェックリスト(そのまま使える)#
- 許可するツールと、その安全設定(学習オフ等)を決めたか
- 入力してよい情報・いけない情報の線引きを明文化したか
- 出力の事実確認・著作権チェックの手順を決めたか
- 違反時の報告・相談窓口を用意したか
- 定期的な見直しの担当と頻度を決めたか
生成AIの活用そのものの進め方は生成AIの業務活用ガイドで、社内文書を安全に活用する仕組み(RAG)は社内ナレッジ検索(RAG)とはで詳しく解説しています。
弊社(株式会社TryWith)の支援#
弊社では、生成AIの安全な活用を、ガイドライン策定から環境構築・運用まで支援しています。利用ルールの整備、学習に使われない法人向け環境や社内ナレッジ検索(RAG)の構築、既存システムとの安全な連携、ログ・権限管理までを、開発を担う立場からお手伝いします。RAG基盤の設計・構築や社内文書のベクトルDB化はAIソリューションで、社内システムの構築や既存環境との安全な連携はシステム開発で対応しています。「安全性が不安で全社に広げられない」「情シスだけでは判断しきれない」といった課題に、現実的な落としどころから対応します。
よくある質問(FAQ)#
Q. 生成AIは情報漏洩が心配です。使わないほうが安全では?
A. 全面禁止は、かえって現場の「隠れAI利用」を招き、管理外のリスクを増やします。学習に使われない法人向け環境を選び、ガイドラインで入力範囲を決めれば、安全に活用できます。
Q. 無料の生成AIを業務で使ってはいけませんか?
A. 入力内容が学習に使われる可能性があるため、機密・個人情報を扱う業務では推奨しません。会社が許可した法人向けサービスの利用をルール化するのが安全です。
Q. ガイドラインは何から作ればいいですか?
A. 許可するツール、入力してよい情報といけない情報、困ったときの相談窓口——この3つから始めます。本記事の雛形の第3条・第4条・第10条をそのまま埋めれば、1枚のルールとして配れます。
Q. どんな情報なら入力してよいですか?
A. 外に出ても問題ない公開情報は入力可、機密・個人情報・未公開情報は原則NG(許可された閉域環境のみ)です。迷う場合はマスキングか相談窓口で確認します。
Q. 中小企業でも対応できますか?
A. できます。まずは許可ツールと入力ルールを1枚にまとめるだけでも効果があります。段階的にツール選定・教育・運用へ広げれば無理なく整います。
まとめ#
生成AIを安全に使う鍵は、禁止ではなく「ルール・環境・教育」の3点を整えることです。主なリスク(情報漏洩・権利侵害・誤情報・セキュリティ)を理解し、利用ガイドラインで入力範囲と承認・禁止を明文化し、学習に使われない環境を選び、判断基準を1枚で共有する——この土台があれば、事故を防ぎながら生産性を上げられます。国のAI事業者ガイドラインも、AIを利用する事業者に対し、提供者が想定した範囲内での利用と、出力の精度・リスクを理解したうえでの利用を求めています。まずは小さく、許可ツールと入力ルールの明文化から始めましょう。
出典:AI事業者ガイドライン(第1.2版)|総務省・経済産業省(2026年3月31日公表。主体区分と共通の指針は第2部C、AI利用者に関する事項は第5部)/生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について|個人情報保護委員会(2023年6月2日公表。個人情報取扱事業者・行政機関等・一般の利用者の3区分は別添1)/令和8年版情報通信白書 第Ⅰ部第2章 企業等におけるAI利用の進展(PDF)|総務省(2026年7月公表。一つ以上の業務で利用86.4%・55.2%はP.24 図表Ⅰ-2-1-6)
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