社内データがバラバラでもAIは始められる?|1つの業務に絞ったデータの整理手順
2026.10.29
「社内のデータがExcel、基幹システム、共有フォルダ、担当者のメールに散らばっていて、AIを入れる以前の状態だ」。AIの導入を考えたとき、こうした状態が最初の壁になることがあります。結論から言えば、全社のデータが整うのを待たなくても、AI活用は始められます。改善したい業務を1つに絞り、その業務に必要なデータだけを点検・整備すれば、小さく検証できます。
ここでいう「AIのためのデータ整理」とは、全社のデータ基盤を作り直すことではありません。対象業務でAIに読ませたり照合させたりするデータについて、置き場所、管理者と権限、表記や単位、重複や欠損、更新の頻度を確かめ、AIに任せる範囲と人が補う範囲を決める作業のことです。この記事では、データの点検と整備をまとめて「整理」と呼び、その進め方を次の5つの手順で説明します。
- 1業務を1つに絞る — 改善したい業務と、AIに作らせる成果物を1つずつ決める
- 2データの所在を調べる — 使うデータの置き場所・管理者・閲覧権限を書き出す
- 3中身の状態を点検する — 表記や単位、重複や欠損、更新の頻度を確かめる
- 4AIと人の分担を決める — AIに渡すデータと、人が補うデータを分ける
- 5少量で試して広げる — 過去の実例で確かめ、効果が見えた範囲から整備を広げる
社内データが整っていないと、AIは始められないのか?#
始められます。社内データの整備に取り組んでいる企業は日本ではまだ多くなく、全社の整備が終わるのを待つと、着手が先延ばしになりやすいからです。
総務省の「令和8年版 情報通信白書」は、日本・米国・ドイツ・中国の企業を対象にした2025年度の調査で、生成AIによる業務変革等に関する環境整備の状況を尋ねています。日本の回答では、「分析・活用可能な社内データの整備が進められている」を選んだ割合が26.1%、「生成AIに社内データを学習させたり、生成AIが参照可能なデータベースを構築したりしている」が24.5%でした。後者は米国57.2%、ドイツ54.4%、中国73.0%を大きく下回ります。日本の中小企業の回答では、どちらも17.7%です(出典:令和8年版 情報通信白書 データ集(図表Ⅰ-2-1-5)|総務省)。
一方で同白書は、国立情報学研究所の佐藤一郎教授の指摘として、AI導入に成功するための最初のステップは、AIに対応するデータがあるかどうか(「AI-Ready」化)であり、AIエージェントの活用に向けてはデータの精度と鮮度がより重要になる、という見方を紹介しています(出典:令和8年版 情報通信白書 第Ⅰ部 第2章 第1節 企業におけるAI利用の現状|総務省)。
データの状態は、AIの結果を左右する要素の1つです。だからこそ弊社では、全社ではなく、対象業務に必要なデータに限ってAIで扱える状態にする進め方をおすすめしています。
最初に、何を1つに絞ればよいか?#
最初に決めるのは、改善したい業務と、AIに作らせる成果物です。使うデータの範囲は、業務と成果物が決まって初めて決まります。
どんな業務から始めるとよいか?#
次の4つの目安を満たす業務から始めると、点検するデータが少なく、効果も確かめやすくなります。
- 同じ種類の作業が繰り返し発生している(毎週何件も来る問い合わせ、毎日の伝票など)
- 成果物の形が決まっている(回答文の下書き、確認すべき項目の一覧、集計表など)
- 結果が正しいかどうかを、業務に詳しい人が判断できる
- 誤りがあっても、社外に出る前に人の確認で止められる
反対に、「全社のデータを使って経営判断を支援したい」のように対象と成果物が広いテーマは、点検するデータも際限なく広がるため、最初の1件には向きません。
たとえば、商品仕様の問い合わせ対応なら#
ここからは架空の例で考えます。工業用部品の卸売会社で、取引先から届く「この型番の耐熱温度は?」「後継品はあるか?」といった問い合わせに、営業担当が個別に回答しているとします。成果物を「回答文の下書きと、根拠にした資料の一覧」と決めると、必要なデータは次の3つに絞れます。
- 基幹システムの商品マスタ(型番・品名・販売状況)
- 共有フォルダにあるメーカーの仕様書PDF
- 営業担当のメールに残る過去の回答
全社の売上データや顧客台帳は、この業務には要りません。
必要なデータは、どう洗い出すか?#
対象業務で使うデータを1件ずつ書き出し、置き場所、形式、管理者、閲覧権限を一覧にします。「どこにあるか分からない」「誰が更新しているか分からない」データが見つかったら、それ自体がAIの前に解決すべき課題です。
先の例では、商品マスタは基幹システムにあって情報システム担当が管理し、仕様書PDFは共有フォルダに商品担当が不定期に追加し、過去の回答は各営業担当のメールにしかない、という状態が見えてきます。メールに残る回答は、どれを参照資料にするかを人が選んでからでないと、AIには渡せません。資料の置き場所や名前の付け方が原因で必要なファイルが見つからない場合の整え方は、過去の見積書や商品資料が見つからないのはなぜ?|社内ファイル検索を業務で使える形にする方法で詳しく解説しています。
権限と個人情報は、なぜ先に確認するのか?#
AIが参照できるデータの範囲が、そのままAIの利用者が目にする情報の範囲になりうるからです。令和8年版 情報通信白書も、データへのアクセス権限をより慎重に設定する必要が出ているとして、AI活用が進んだ企業が、部門や職階によってアクセスすべきでない情報を出力しないよう、AIが参照するデータの範囲を絞って利用できるようにする対策を紹介しています(出典:令和8年版 情報通信白書 第Ⅰ部 第2章 第1節 企業におけるAI利用の現状|総務省)。
個人情報保護委員会は、2023年(令和5年)6月2日に公表した注意喚起で、個人情報取扱事業者が生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認するよう求めています。また、あらかじめ本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は、個人情報保護法の規定に違反する可能性があるとして、サービスの提供事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を、利用する側が十分に確認するよう注意を促しています(出典:生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について|個人情報保護委員会、本文は別添1「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」|個人情報保護委員会)。
先の例の過去のメールには、取引先担当者の氏名や連絡先が含まれます。参照資料にする前に、入力してよい情報の範囲と、利用するサービスでの入力データの扱いを確認しておきます。取引先との秘密保持契約の対象になっている資料も、生成AIサービスに入力してよいかを契約に照らして確認します。
データの中身は、何を点検するか?#
手順2で書き出した一覧をもとに、次の5つの観点で点検表を作ります。上の2行は手順2の確認の続きで、下の3行がデータの中身の点検です。AIに資料を渡して回答させる仕組みでは、表記の揺れや古い版の混在が、誤った回答の原因になりえます。
| 観点 | 確認すること | 見つかる状態の例 |
|---|---|---|
| 所在と形式 | どこに、どの形式で置かれているか | 同じ資料がPDFと紙のスキャンで混在 |
| 管理者と権限 | 誰が更新し、誰が見てよいか | 更新の担当者が決まっていない |
| 表記と単位 | 名称・コード・単位がそろっているか | 型番の全角と半角が混在 |
| 重複と欠損 | 同じ情報が複数ないか、抜けがないか | 古い版の仕様書が残っている |
| 更新の頻度 | いつ、どのくらいの間隔で変わるか | 販売終了がマスタに未反映 |
すべてを完璧に直す必要はありません。点検の目的は、AIに渡せる状態のデータと、人が補う必要のあるデータを分けることです。たとえば型番の全角と半角の混在は変換のルールで吸収できますが、どれが最新版の仕様書かは、商品担当にしか判断できません。
AIに任せる範囲と、人が補う範囲はどう決めるか?#
点検の結果をもとに、データを3つに分けます。AIにそのまま渡せるもの、ルールで直せば渡せるもの、人が判断して選ぶものです。前の2つが「AIに渡すデータ」、最後の1つが「人が補うデータ」にあたります。
- 整っているデータ:そのままAIに参照・照合させる(例:販売状況が正しく更新されている商品マスタ)
- ルールで直せるデータ:変換や名寄せ(同じものを指す表記を1つにそろえる処理)を挟んでからAIに渡す(例:型番の全角と半角の混在)
- 人の判断が要るデータ:人が選んだ分だけAIに渡し、残りは人が補う(例:最新版か分からない仕様書、過去のメール)
先の例なら、最初は「商品マスタと、商品担当が最新版と確認した仕様書」だけをAIの参照範囲にします。該当する資料が見つからない問い合わせでは、AIが「資料なし」と示し、営業担当が回答する分担から始められます。基幹システムを入れ替えずに、データの受け渡しからAIを組み込む進め方は、既存の販売管理・ERPを変えずにAIを導入できる?|転記・照合・通知から始める進め方で整理しています。
少量で試すときは、何を確かめるか?#
過去の実例を使って、根拠にした資料の正しさ、「資料なし」の示し方、人の確認にかかる手間の3点を確かめます。
最初の検証では、過去に実際にあった問い合わせや伝票を少量そろえ、AIの結果と、業務に詳しい人が決めた正解を比べます。よくある問い合わせだけでなく、答えにくい問い合わせや資料の見つからない問い合わせも混ぜておくと、本番に近い確かめ方になります。見るのは、正解した割合だけではありません。
- 根拠にした資料が正しいか(古い版を引いていないか)
- 答えられない問い合わせで、「資料なし」と示せているか
- 人の確認と修正にかかった時間が、従来の作業より短いか
合格の基準(根拠の資料が正しい割合を何割以上とするか、確認と修正の時間を従来の何割以内とするか)は、結果を見てからではなく、検証の前に業務の責任者と決めておきます。基準に届いたら、参照するデータの範囲を広げます。届かなければ、どのデータが原因かを確かめて整備に戻ります。整備への投資を、検証で効果が見えた範囲から広げていけば、使われないデータの整備に費用をかけずに済みやすくなります。社内文書を検索してから回答させる仕組み(検索拡張生成、RAG)については、社内ナレッジ検索(RAG)とは|仕組みと導入の進め方で解説しています。
着手を見送ったほうがよいのは、どんなときか?#
次の4点のうち、「先に整える状態」に1つでも当てはまるときです。データが散らばっていても始められますが、正解を判断する人や誤りを止める確認がない状態では、AIの結果が使えるかどうかを確かめられません。
着手してよい状態
- 正解を判断できる人がいる:業務に詳しい担当者が、AIの結果を確認できる
- 根拠となるデータがある:置き場所と管理者を書き出せる
- 誤りを人が止められる:社外に出る前に、人が確認する
- 検証の時間を取れる:過去の実例と正解をそろえられる
先に整える状態
- 正解を判断できる人がいない:判断の基準が担当者ごとに違う
- 根拠となるデータがない:置き場所も管理者も書き出せない
- 誤りがそのまま外に出る:AIの結果が確認なしに使われる
- 検証の時間を取れない:実例と正解をそろえる担当者がいない
「先に整える状態」に当てはまった場合は、次のように手当てしてから検証に進みます。
- 判断の基準が担当者ごとに違う業務では、まず判断の基準を文書にする
- 置き場所も管理者も書き出せないデータは、対象から外すか、管理者を決めてから使う
- AIの結果が確認なしに使われる業務では、人が確認してから使う手順を先に決める
- 実例と正解をそろえる担当者がいない場合は、担当者を決めるか、対象の件数を減らす
まとめ#
社内データがバラバラでも、AI活用は始められます。令和8年版 情報通信白書の調査でも、「分析・活用可能な社内データの整備が進められている」を選んだ日本の回答は26.1%でした。全社の整備が終わるのを待つのではなく、次の5つの手順で、対象業務に必要なデータから整理します。
- 業務を1つに絞る:改善したい業務と成果物を決める
- データの所在を調べる:置き場所・管理者・閲覧権限を書き出す
- 中身の状態を点検する:表記や単位、重複や欠損、更新の頻度を確かめる
- AIと人の分担を決める:AIに渡すデータと、人が補うデータを分ける
- 少量で試して広げる:効果が見えた範囲から整備を広げる
正解を判断できる人がいない、誤りを止める確認がない、といった状態のときは、AIの検証より先に業務の側を整えます。
よくある質問(FAQ)#
Q. 社内データが整っていなくても、AIは導入できますか?
A. できます。全社のデータ整備を待たず、改善したい業務を1つに絞り、その業務に必要なデータだけを点検・整備すれば、小さく検証できます。ただし、正解を判断できる人がいない業務など、先に業務の側を整えたほうがよい場合もあります。
Q. データの点検では、何を確認すればよいですか?
A. 所在と形式、管理者と権限、表記と単位、重複と欠損、更新の頻度の5つです。前の2つは手順2で書き出した内容の確認、後ろの3つがデータの中身の点検です。目的は完璧に直すことではなく、AIに渡せるデータと人が補うデータを分けることです。
Q. 個人情報を含むデータをAIに使ってもよいですか?
A. 個人情報保護委員会は、個人情報取扱事業者が生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合、利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認するよう求めています。本人の同意なく個人データを入力し、出力以外の目的で取り扱われる場合は違反となる可能性があるため、サービス側の入力データの扱いも事前に確認してください。個別の判断は専門家にご相談ください。
Q. 検証は、どのくらいの規模から始めればよいですか?
A. 1つの業務・1つの成果物について、過去に実際にあった事例を少量そろえ、AIの結果と人が決めた正解を比べるところから始めます。合格の基準は検証の前に決めておき、効果が確認できた範囲から、参照するデータと整備への投資を広げます。
社内データの点検と、AIの検証計画をご相談ください#
弊社(株式会社TryWith)は、AIソリューション開発とシステム受託開発を通じて、対象業務の選定から、データの所在と状態の点検、最小限のデータ整備、少量での検証、既存システムへの組み込みまでを、開発を担う立場から支援しています。基幹システムや共有フォルダを入れ替えずに、必要なデータだけを受け渡す構成もご提案できます。
対象業務と、いま保存されているデータの状況をうかがい、最小限の整備と検証の計画を整理します。どの業務から始めればよいか決めたい、という段階からのご相談も承ります。
タグ
